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長谷川寛示個展『My Sútra』開催記念 トークイベント

山田奨治 × 長谷川寛示

アメリカに伝わった禅

河西:

山田:

西洋への禅の伝わり方について山田先生の著書が非常に参考になったと長谷川さんがお話されていましたが、山田先生から少しお話いただけますでしょうか。

 

はい。アメリカに禅が伝わりヒッピー文化にまでどう繋がるのか、その流れを知識として知っておくと長谷川さんの作品も理解が深まるのではないかと思います。少しお時間をいただいてお話したいと思います。

長谷川:

タイムリーな話題で言うと、スターウォーズの映画に出てくるキャラクター達は日本からのモチーフが多いと言われているのですが、監督のジョージ・ルーカスがなぜ日本的なモチーフを入れるに至ったかはすごくビートニックとの関係が深いです。一見すると関係がないように思える身の回りの文化にもビートニックは繋がりがあるので分かりやすいと思います。

山田:

ヨーダは特に禅の老師そのものですよね。「禅からZENへ」ということで、先ほどから出ています通りアメリカへ禅が伝り広がっていったのですが、そもそもの所からお話したいと思います。最初は戦前1946年までの流れです。

 

日本の禅がアメリカで受容されるには、その下地になる思想がありました。東部アメリカ、ボストン近郊の思想家や作家たちのムーブメントでトランセンデンタリズム(超絶主義)*6という思想です。トランセンデンタリズムの主な関係者は、代表的なのはラルフ・エマーソン*7という哲学者。そして現代の環境問題に影響を与えているヘンリー・デイヴィッド・ソロー*8。ルイーザ・メイ・オルコットは若草物語の著者で、一番皆さんに馴染み深いかと思います。

 

こういう方々がボストンから車で30分程のコンコードという街で、夜な夜な集まっては哲学談義をしていました。彼らはキリスト教の中でもユニテリアン教会*9というものに属していて、その教会の教えと、ドイツの観念論、インド哲学の影響も受け、生きとし生けるものの繋がりや、人間の善などを信じ、経験よりも観念を重視する、「トランセンデンタリズム」を提唱しました。

 

ソローはコンコードの近くにあるウォールデン池のほとりに、小さな粗末な小屋を建て禅僧のような隠遁生活を2年ほど送りました。その体験は「Walden(ウォールデン)」という本に綴られています。彼が送った生活は禅僧のようなストイックなもので、こういった思想が禅と非常に親近性がありました。

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Henry David Thoreau

Portrait photograph from a ninth-plate daguerreotype of Henry David Thoreau.

B. D. Maxham, 1856

Louisa May Alcott

George Kendall Warren (d. 1884)

albumen print on card mount

山田:

1893年コロンブスがアメリカ大陸を発見してから400年記念の万博がシカゴで開催されました。その折に万国宗教会議というものが開かれ、この会議に世界中の様々な宗教の代表者が集められ、自分たちの宗教はこういうものだと演説しました。この会議自体は現代の研究者達からは、結局はキリスト教の優位性を誇示するためのものだったと批判をされています。(笑)ここに、日本からは天台宗、真言宗、浄土真宗、そして臨済宗の僧侶が招かれました。

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その場で演説したのが臨済宗の代表だった釈宗演*10という僧侶です。彼は英語を話せなかったので、ネイティブが代読したそうですが、このスピーチが禅が何なのかを英語で西洋に紹介した初めての機会だったと言われています。実はこのスピーチを書き記した人がいまして、それが鈴木貞太郎、後に鈴木大拙となる人です。東京大学の前進となる帝国大学で学んだ人で、小さい頃から禅に興味を持っていて、週末になると釈宗演のいる円覚寺に東京から歩いて向かい禅の修行をしていたという話もあります。東京から鎌倉まで歩くなんて、昔の人はすごいですよね。(笑)

 

そして、先ほどの宗教会議での聴衆の中にいたポール・ケーラスという人が非常に禅に興味を持ちます。禅のことをアメリカで紹介したいので翻訳助手を送って欲しいと釈宗演に依頼し、そこで推薦されたのが鈴木貞太郎であります。鈴木貞太郎は、その後1897年〜1909年シカゴの側のラサールにあったオープン・コート社というケーラスの出版社で助手として働きながら、中国の道徳経*11を訳したり、大乗仏教概論*12を英語で書くなどしていました。足掛け11年ほど英語の環境で修行をして、その後帰国します。

 

アメリカで知り合ったビアトリス・レーンという女性を日本に呼び寄せて結婚し、二人で禅や仏教に関する論考を著していきます。「イースタン・ブディスト(Eastern Buddhist)」という今でも続いている雑誌を創刊もしています。そういった雑誌で発表してきた禅に関する論文を、「Essays in Zen Buddhism」や「An Introduction to Zen Buddhism」という本にまとめていきます。西洋の人たちは大拙が著した禅に関する本をもとに、禅とは何かを理解し語っていくことになります。

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山田:

一方、学問としての禅に加えて宗教としての禅も伝わっています。日系移民がアメリカに渡っていて、その人達により様々な寺院もできていたのです。今でもロサンゼルスの禅宗寺や、サンフランシスコの桑港寺などの寺院が、ジャパンタウンやリトルトーキョーの近くに作られていきます。大拙が伝えた思想としての禅に加えて、日系移民のための信仰としての禅寺院という二つの流れがあったわけですね。

 

特徴としては、大拙は円覚寺で修行していますので、禅宗の中でも臨済宗の系統ですが、これらの寺院は曹洞宗です。長谷川寛示さんと同じですね。

長谷川:

山田:

はい。私は永平寺なので、曹洞宗です。

実践としての曹洞宗と、学問文化としての臨済宗という二つの流れが出来てきます。そして、時代は戦後になります。

 

実は戦中のアメリカでの禅は不遇でした。と言うのも、日本から渡った宗教ですので日系人は皆収容所に入れられますし、禅宗の普及に尽くした人も収容所に入れられ体調を崩し亡くなった方もいました。しかし、時代が平和になりますと再びこの鈴木大拙が活躍することになります。1949年にロックフェラー財団の招きによりアメリカ各地の大学で講演し、最終的にはニューヨークのコロンビア大学に落ち着き、そこで教員をすることになります。80代でのことでした。この長い眉がとても印象的ですよね。(笑)

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鈴木大拙

https://ja.wikipedia.org/wiki/鈴木大拙

撮影:田村茂

鈴木大拙とビート世代

鈴木大拙とビート世代

山田:

大拙は1950-58年にコロンビア大学で仏教哲学を講義するのですが、ニューヨークのアーティスト達はその授業を受けていたそうです。代表的なのは作曲家のジョン・ケージ*13。4分33秒の無音ピアノ曲を作っていますが、完全に禅の影響だと言われています。ケージは「Silence」という本を書いていまして、そこで大拙の講義の様子を証言しています。あまり良く聴き取れなかったと書いていました。(笑)しかし、その後大拙の講義した禅というものが徐々に広がっていきます。特に禅の影響を受けていたのがウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアックで、この方々が所謂ビートジェネレーションというものを形成していきます。

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Allen Ginsberg (1926-97)

Jack Kerouac (1922-69)

Jack Kerouac by photographer 

Tom Palumbo. circa 1956

バロウズはあらゆる麻薬を使用し話題に事欠かない人生を送った小説家です。アレン・ギンズバーグは詩人で、ジャック・ケルアックは「On The Road」という著作で有名な小説家です。一番初めはバロウズが禅のことを知り、他の方に伝え、それぞれ禅のことを独自に勉強していきました。ケルアックは「Some Of The Dharma」という非常に分厚い禅の本を書きました。彼らはアメリカ文化に新しい波を起こしましたが、メインストリームからすれば完全に鼻つまみ者です。なぜかと言うと、アメリカの中心的な価値観を壊していったからです。キリスト教を信仰し、日曜は教会に行き、財を成したら郊外に家を建てるというアメリカンファミリーの理想的な形から完全に外れてしまい、定住しないで漂泊していく、そういう人生観を示していったのです。

 

1957年初期、アメリカの大衆文化における禅の一つの転換点になるわけですけれど、始まりは「Vogue」という女性雑誌でした。今でも日本版がありますね。1957年1月号「People are tolking about」というコーナーで、ある短文が綴られています。「コロンビア大学の禅仏教の教授の鈴木大拙が本に埋もれてとてもエレガントな雰囲気で、非常に哲学的な講義をしている。彼は「1の発見は偉大な進歩だが、0の発見は偉大な跳躍である」という言葉を残したり、時には「仕事から究極の目的を無くしてしまえばあなたは自由になれます」と語っている。」と書かれていますが、このようなコーナーで大拙は紹介されるようになります。実はこの「Vogue」の短い文がきっかけとなり、ここを出発点にアメリカの各種の大衆メディアに鈴木大拙や禅への言及が広がっていきます。

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山田:

1957年2月の「Time」には大拙や禅が紹介されています。また同年8月には「The New Yorker」が大拙を特集していまして、禅仏教とは何か、鈴木大拙が何者なのか、ニューヨークでどんな生活をしているのかなど、かなり詳しく紹介しています。大拙はこの特集を非常に気に入ったようで、日本にいる弟子にこの特集を読むように送ったそうです。(笑)そして、その翌9月に先ほどのケルアックの代表作「On The Road」が出版されます。大拙と禅がアメリカの大衆文化でブレイクする時期とビートジェネレーションが大々的にブレイクする時期が同じなのです。同じ時代の精神が背景にあったということが言えるかと思います。

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Time(Feb.1957)

The New Yorker(Aug.1957)

翌年1958年1月、女性誌の「Mademoiselle」が「What is ZEN」という大型特集を組みます。これを書いたナンシー・ウィルソン・ロスは作家でもあり、禅に近いところにいた方です。そして、同年ジャック・ケルアックは「On The Road」の続編として「The Dharma Bums」を出版します。こちらは前作に比べてより禅寄りの内容で、ゲイリー・スナイダー*14というビートニックに属している詩人が主人公のモデルとなっています。スナイダーはこの後日本に行き大徳寺*15の近くに住み、本来の日本の禅に近いところで様々なことを吸収していきました。帰国後は、家族と共に山に住み仙人のような暮らしをしていました。彼はカリフォルニア大学バークレー校で日本のことを専攻し卒業していて、日本についても詳しい方です。

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Jack Kerouac

The Dharma Bums

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Gary Snyder

Gary Snyder, speaking at Columbia University, in 2007.

Fett, CC-BY 2.0

山田:

1958年11月、実は「The Dharma Bums」を出版された時を最後に大拙は日本に帰国することになりますが、帰国直前にケルアックとギンズバークがほぼアポなしで大拙の自宅を訪ねてていきます。その時の事は色んな方の証言が残っていて、その一度きりではありますが、彼らは大拙と会っているようです。

 

ただ、その後大拙はビートジェネレーションが提唱するZENをひどく批判します。彼らは禅の中でも自分たちにとって都合の良いことだけを取り上げ良いように言っているだけであり、それは本当の禅ではないと書いたのです。そういう大拙の批判はケルアックやギンズバークの耳にも入り、彼らの心は徐々に大拙の禅からは離れていくという、最後はやや不幸な経過を辿っていくわけです。そこから、アメリカのZENの変容が起こっていきます。

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*6 トランセンデンタリズム(超絶主義):米国東部の1820年代後半と1830年代に発展した哲学的運動。「キリスト教の神」がその中心にあるピューリタニズムと違い、「神」という超越的存在を個人の中に見て、「自立した自己の精神」をその中心におく。それは、当時の知性と精神性の一般的な状態に抗議するための反応として生じ、ハーバード神学校で教えられたユニテリアン教会の教義は密接に関連していた。https://en.wikipedia.org/wiki/Transcendentalism

*7  Ralph Waldo Emerson:アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイストで、無教会主義の先駆者。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3

*8  Henry David Thoreau:アメリカ合衆国の作家、思想家、詩人、博物学者。日本では、代表作『ウォールデン 森の生活』は、明治44年(1911年)に水島耕一郎によって翻訳出版され、21世紀の現在に至るまで多くの訳書が存在する。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%83%BC

 

*9 ユニテリアン教会:ユニテリアン主義とは、キリスト教正統派教義の中心である三位一体の教理を否定し、神の唯一性を強調する主義の総称をいう。ユニテリアンはイエス・キリストを宗教指導者としては認めつつも、その神としての超越性は否定する。キリスト教正統派の中心教義を否定しているため、正統派キリスト教とは区別される。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9

 

*10 釈 宗演(しゃく そうえん):明治・大正期の臨済宗の僧。若狭国大飯郡高浜村の生まれ。日本人の僧として初めて「禅」を「ZEN」として欧米に伝えた禅師。

*11 老子道徳経:中国の春秋時代の思想家老子が書いたと伝えられる書。老子、道徳経、老子五千言・五千言とも表記される。『荘子』と並ぶ道家の代表的書物。道教では『道徳真経』ともいう。上篇と下篇に分かれ、あわせて81章から構成される。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E5%AD%90%E9%81%93%E5%BE%B3%E7%B5%8C

*12 大乗仏教概論:鈴木大拙の英文著作の作品。大乗仏教の核心を経典類に拠りながら二分野に分けて論じる。世界的仏教思想家大拙の誕生を鮮烈に告げたデビュー作であり、20世紀の西洋社会の仏教観に、大きな影響を与えたことでも知られる。https://www.iwanami.co.jp/book/b243820.html

*13 John Milton Cage Jr.:アメリカ合衆国出身の音楽家、作曲家、詩人、思想家。実験芸術家として前衛芸術全体に影響を与えている。独特の音楽論や表現によって音楽の定義をひろげた人物であり、「沈黙」を含めたさまざまな素材を作品や演奏に用い、代表的な作品に『4分33秒』がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B8

*14 Gary Snyder:アメリカ合衆国の詩人、自然保護活動家。20世紀のアメリカを代表する自然詩人。カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。 代表作の詩集『亀の島』ではピューリッツアー賞を、『終わりなき山河』ではボリンゲン賞を受賞。https://en.wikipedia.org/wiki/Gary_Snyder

*15 大徳寺:京都府京都市北区紫野大徳寺町にある寺院で、臨済宗大徳寺派の大本山である。山号は龍宝山(りゅうほうざん)。本尊は釈迦如来。開基(創立者)は大燈国師宗峰妙超で、正中2年(1325年)に正式に創立されている。

注釈

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