長谷川寛示個展『My Sútra』開催記念 トークイベント
山田奨治 × 長谷川寛示
日 時: 2020年1月18日(土)17:00〜
会 場: KANA KAWANISHI GALLERY
登壇者: 山田奨治(国際日本文化研究センター・教授)
長谷川寛示(アーティスト)
はじめに
お時間になりましたので、長谷川寛示さんの個展『My Sútra』のクロージングトークイベント「禅思想とパンクロックと現代アートの必然 」を始めさせていただきます。本日は、京都の国際日本文化研究センターから教授の山田奨治先生にお越しいただきました。どうぞよろしくお願いします。長谷川寛示さんは在学中から永平寺で修行をされたご経歴をお持ちです。
大学院を卒業する少し前に、永平寺に行って1年修行をしてきました。
河西:
長谷川:
山田:
河西:
出家して僧侶になられて、今は僧侶と現代美術アーティストを並行して活動されている作家です。山田先生は、国際日本文化研究センターの教授として文化交流史が専門という理解でよろしいでしょうか。
文化交流史の他に、著作権と文化の関係なども扱っております。最近のダウンロード違法化などについても、色々と発言をしています。
山田:
河西:
山田先生は「美術手帖」という雑誌で禅特集を監修されている他、「鈴木大拙と東京ブギウギ」という本を書かれているのですが、それが非常に面白いです。禅がアメリカで流行った理由などを詳しくまとめられている一冊です。
本当は今回のイベントで販売をしたかったのですが、版元にもう1冊しかないと言われてしまいました。大手書店だとまだ店頭在庫が残っていると思いますが、今はあまり手に入らなくなっています。
河西:
長谷川:
長谷川さんは、永平寺の修行中に初めて山田先生の本を知ったそうですね。
そうです。基本的に山の中で修行をしているのでほとんど情報が入ってこないのですが、たまに花を包むためなどで福井県の地方新聞が使われる事があり、その唯一の情報源の新聞が目の触れる場所に置かれていることがありました。その新聞の投書コラム欄で山田先生の書籍が紹介されていて知りました。
山田:
花を包む為の新聞で知っていただけるとは。(笑)
山田:
長谷川:
そのコラムを切り抜いて持っていました。それからしばらくして、永平寺に週に一度本屋さんが来るようになりまして、そこでは仏教関連の本を購入できるのですが、その本屋さんに依頼して山田先生の本を用意してもらいました。永平寺の山内で同安居*1の人たちと回して読みました。
いったいどういう巡り合わせなのでしょうね。以前にメールで挨拶をさせてもらった時に永平寺の山内で読んでいましたと書かれていたので、今お話を聞いてそんな恐れ多いことがあったのかと、本当に道元さんに申し訳ないと思いました。(笑)
長谷川:
後から出てくるのですが、その本の中で鈴木大拙がアメリカでZENを広めたことに端を発して、ビートジェネレーション*2、ビートニックのカルチャーが生まれていくことになります。僕は禅との関連からビートニックを知ったのではなく、好きなファッション、映画、音楽を掘り下げていく中でビートカルチャーを知りました。そこからさらに禅に繋がっていくところが興味深いです。
山田:
長谷川:
戦後アメリカカウンターカルチャーの波をまともに被り、そこから禅にいくのは面白いですよね。
そうですね。そういうともするとストリートカルチャーと呼ばれるものが、僕にとっては禅ないし仏教へ入る媒体となっていたので。
山田:
長谷川:
そういうカウンターカルチャーから禅に関心を持たれて、そして永平寺まで修行に出られて、実際に触れた禅と何かギャップがありましたか。あるいは違和感がなかったのか、どうなのでしょう。
両方ともあったという感じがします。
河西:
ではその辺りがどのように作品に反映されてきたのか、過去の作品からご紹介いただきましょう。
在学中の作品
長谷川:
山田:
長谷川:
僕が在学中に制作していた作品をいくつかご紹介させていただきます。こちらはアメリカのファーストフードのチェーン店のロゴを並べていますが、そのロゴに座禅を組ませるという作品です。
坐蒲*3の上に座っているんですね。
そうです。坐蒲という座禅を組むときに使うクッション材の上にアイコンを置いて座禅を組ませています。禅の基本として、食や掃除など身近なもの全てが修行になりうるという考え方がありますが、例えば精進料理ではなくファーストフードを食べている時にも禅的な振る舞いがあるのではないかと考え制作しました。
EAT THINK
2015 | archival pigment print
©︎ Kanji Hasegawa
courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
XXX
2016 |wood, polyurethane, sticker
Dimensions variable
©︎ Kanji Hasegawa
courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
河西:
ちなみに、こちらは著作権法の観点からいかがですか?
大丈夫でしょう。著作物というより商標ですが、別にそれぞれの商標を傷つけるような使い方でもないので、文句を言われることはないと思います。
山田:
よかったです。(笑)次に、こちらは大学院を修了する時に制作した木彫の坐像です。衣と座具だけを彫っています。
長谷川:
山田:
長谷川:
割れた中央から見えるのは何ですか?
この坐像はスケートボードのランプの上に置いているのですが、それが真ん中から二つに割れていて、内側には僕の自作のステッカーが貼られています。表面的には仏教的に見えるものが、実はストリートでスケートボードで走っているという作品なのですが、一見すると全く関連のないように思えることも、その中には似たようなアティチュードが巡っているのではないかと考え作品にしました。この坐像の向かい側に置いてあるのが、こちらのハンバーガーの作品です。
山田:
あまり美味しそうではないですね。(笑)
XXX (detail)
2016 |wood, polyurethane, sticker | Dimensions variable
©︎ Kanji Hasegawa, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
XXX
2016 |wood, polyurethane, sticker | Dimensions variable
©︎ Kanji Hasegawa, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
長谷川:
山田:
そうですね。(笑)全体像がこちらで、この奥にモノリスのようなものがあるのですが、これはブラックフラッグというアナキズムを象徴するものです。
僕がこれを取り入れたのは、80年代のアメリカ西海岸で活躍したブラックフラッグというバンドがあり、ここではパンクロックの象徴として引用しています。ビートニックが禅からの影響が強いということを知り始めたのが丁度この頃で、禅とビートニックのようなカウンターカルチャーが実は同居していたということに非常に衝撃を受けて、パンクロックやスケートボードのカルチャーも同じ土俵で話ができるのではないかと考えました。
この作品は、禅とビートニックの関係を知り始めてから作ったわけですね?
長谷川:
そうです。次に、昨年行った個展の作品です。床の間に花を飾る時に使う花台の上に花器が置かれていて、そこに花が生けられている構図をそのまま使い、花器だけを現代的なモチーフに置き換えて作品にしたシリーズです。ひとつ目は、今回の個展の作品にも繋がっている空き缶と大麻をモチーフにした作品です。空き缶も本物ではなく、空き缶を模して陶器で制作しています。他には、漫画の上にコンバースを積んでそれを花器に見立てています。この漫画は大友克洋さんの「AKIRA」です。
山田:
長谷川:
「AKIRA」の実際の本ですか?
花器に置き換えるという意味で漫画も陶器で作り直しています。
山田:
長谷川:
ちなみに英語版の「AKIRA」ですか?
これは僕が小学生の時に読んでいたものをそのまま見ながら陶器に起こしました。
山田:
長谷川:
後ろの黒い太陽のようなものは?
これは床の間にある丸い窓を表現しています。寺院や日本建築でもよく取り入れられていますが、禅では円が象徴的なモチーフとしてよく使われています。僕はストリートカルチャーをモチーフにして禅を表現しているので、この作品ですとコンクリートで円形を制作し、全体的な構図も床の間のような見え方になると面白いと考え配置しました。これは永平寺から帰ってきて最初に制作した作品群です。
CAN [Fat]
2018 | ceramic, wood, gold leaf | 250 × 180 × 100 mm
©︎ Kanji Hasegawa, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
Composition 1
2018 | ceramic, wood, gold leaf | 460 × 340 × 220 mm
©︎ Kanji Hasegawa, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
山田:
長谷川:
修行に行かれる前と後とで、何か決定的に変わったことはありますか?ご自身の内面や、あるいは表現に関してなど。
すごく単純なところだと、修行へ行く前は仏教に興味はあるけれどどこか遠く感じていたのですが、今は仏教徒になり立ち位置が大きく変わったことです。そこが作品にも現れていると思います。というのも、今までの作品は表面的なモチーフも仏教的なディテールに寄せて制作していたのですが、この個展からは仏教的な様式でも見え方は仏教らしくない作品が多く、ベクトルが変わったように感じています。
山田:
仏教的なものはかなり内面化されていったということですね。そういう意味では表現に厚みが出たというか、複雑になってきていますね。
長谷川:
山田:
そうですね。今回の個展は、先ほどもご説明した陶器の花器と花の作品シリーズで、植物は全て木彫です。木を彫ったものに金箔を施して陶器の花器に活けています。仏教では、仏の化身として蓮の花がモチーフに使われる事が多く、木や金属などで花の形を作り金箔を施して仏具として用いられています。仏教とは清らかなものであるという考えの元、自分たちの世界と浄土の世界を区切る境界線のような役割でその仏具が仏壇の両脇や、本堂の前机*4の両脇に対で置かれていて、ここから先は極楽浄土ですという境界を示しています。僕は敢えてその境界線を日常にあるものをモチーフにして制作しています。
先ほど、植物を象っている木は加工しやすいから全て檜だとお聞きしましたが、作品の素材を見るとcypressと記載されていますよね。有名な公案で庭前柏樹子*5という言葉がありますけど、柏樹は「柏」と書きます。日本で柏というと柏餅で馴染み深いですが、中国で柏というとヒノキ科の木のことなんですね。柏樹子も英語に直すと「cypress tree in the garden」。だからひょっとしたら公案に絡めているのかと思いました。
長谷川:
そこまでは考えてはなかったです。これからは是非、説明を加えさせて頂きます。(笑)
山田:
長谷川:
このコーラのボトルの作品ですが、コカコーラというとアメリカの象徴ですよね。そこからドラッグカルチャーと結びついて尚且つ仏教的なものとも繋がっているという。アメリカと日本の特に禅的なものを介した文化交流をすごく良く象徴的に表現しているなと拝見しておりました。
そうですね、そこが僕にとっても表現したいところです。ビートニックのカルチャーに行く前には、ヒッピーカルチャーがすごく大きいムーブメントとしてありまして。
山田:
長谷川:
そこは歴史的にはビートニックの方が先で、その後にヒッピーカルチャーですよね。
そうです。ですが、僕のような世代が知っていくと、先にヒッピーを知り、さらに掘り下げていくとビートニックがあり、ZENに辿り着くという順番になるのです。ヒッピー的なムーブメントは、ZENの中では自堕落な若者という程度にしか語られないのですが、僕にとっては禅に繋がる大きな一つのカルチャーだったので、そういう意味でリスペクトもあります。
Koka Kola
2019 | Japanese cypress, gold leaf, ceramic | H560 × W310 × D200 mm
©︎ Kanji Hasegawa, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY
掘り下げて逆に知っていくのは面白いですね。敢えて葉っぱが虫食いになっているところも芸が細かいなと思いました。
実際の仏具には虫食いは用いられないのですが、より坪庭的な、世界の有り様を小さい作品に落としこむという意味で、虫食いがあることで広い世界への窓になるのではないかと考え敢えて作りました。
山田:
長谷川:
山田:
河西:
こういう形の瓶は今はもうないので、若い方でピンとこない方もいるのではないでしょうか。
そこがコカコーラ社のブランディングの凄さです。今はもうないはずなのに、どの世代が見てもコカコーラだと分かりますよね。
山田:
長谷川:
瓶の形状は女性の身体から作ったという話もありますよね。真実かは分かりませんが。
先ほどギャラリーの前をたまたま通った海外の方は、この作品を見てコカコーラの瓶なのになぜか黒いと不思議に思って見に来てくれました。(笑)