top of page

田中和人 個展『Picture(s) II』

開催記念トークイベント
「写真的芸術家をめぐって—田中和人の作品から考える—」

田中和人 × 梅津元

日 時: 2025年7月12日(土)

会 場: KANA KAWANISHI GALLERY

登壇者: 田中和人 × 梅津元

Tanaka talk 1.png
Q&A

〈Q&A〉

河西:    ではここで、ご質問やご感想などあれば、この場でもいいですし、後ほど個別にお話しいただいても大丈夫です。いかがでしょうか。

質問者1:    すごく初歩的な質問かもしれないのですが……。『pLastic_fLowers』が出てきたとき、正直あまりピンと来なかったんです。でも時間が経ってから好きになったという話があって、その変化ってどういうものなんでしょうか。

梅津:    たしかに最初は分かりにくいところがありますよね。例えば花というモチーフに対する抵抗も多少はあったと思います。『GOLD SEES BLUE』のような匿名的な風景に比べて、花は意味を持ちやすい。ただ私がこの作品をすごいと思うようになったのは、コンセプトが解体されていくところなんです。アクリル板に描かれている線は「花を見て描いた線」なんだけれども、最終的にはその説明からどんどん離れていく。つまり、最初のルールを逸脱していく描画の自立性が見えてくる。その時点で、もはや花は花ではなくなっている。そこに気づいたときに、この作品の見え方が変わりました。

河西:    ありがとうございます。私の場合は、工程の複雑さに最初は引っかかっていました。アクリル板に描いて、それにピントを合わせて撮影するというプロセスが理解しきれなかった。でも今振り返ると、単純に自分が追いついていなかったんだと思います。『Picture(s) II』を見ることで、過去作の見え方も変わってきました。

梅津:    それは重要な点ですね。田中さんの作品は、新作が出るたびに過去作の解釈が更新される構造になっています。シリーズ同士が連鎖しているからです。


質問者2:   『Picture(s)』の印画紙が立体的になっているのが気になりました。写真や絵画は立体的なものなのでしょうか。

梅津:    いい質問ですね。印画紙を立体的にしているのは、光による表情を出したいからです。平面だと黒は黒のままですが、立体になることで光の当たり方が変わり、白やグレーに変化します。つまり光そのものを色として扱いたいんです。

梅津:    印画紙が前にせり出していることで、逆に絵画の部分が奥に引っ込んで見える瞬間があります。実際は平面なのに奥行きが生まれる。その視覚効果が面白いですね。


梅津:    印画紙は“色の面”として機能します。強引に使っているように見えるかもしれませんが、いずれ押し返されるかもしれないとも思っています。『 II』は始めたばかりで、これからどう展開していくかはまだ分かりません。末永さんからは、ジョン・チェンバレンを思い出したと言われました。金属の歪みや光沢のようなイメージですね。

ところで今日は、僕が「写真的芸術家」に認定されたのか、はっきり聞きたいです(笑)

梅津:    (笑)最後に挙げた三つの観点、①生得的に光学的な感受性、②光・印画紙の能力の開拓、③表現者というより画像生成装置として機能する、すべてに田中さんは該当します。現時点で認定します。ただし、まだ現役でこれからも作品が出てくる。田中さんの歩みを見届けたいと思います。

〈画家と写真家の関係〉

〈画家と写真家の関係〉

河西:    ちょうどよくまとまったところで、少し確認させてください。「写真的」という方向性は理解できましたが、では画家というのはその反対側にいるのでしょうか?

梅津:    反対側ではないと思います。田中さんの中にも「憧れ」の要素はありますし、画家と写真家の領域を厳密に分けることはできません。むしろ重なりが大きいのです。写真が存在しなかった時代には、写真家という概念自体がなく、みな画家だったわけです。たとえば最後に紹介したギュスターヴ・ル・グレイも、もともとは画家でしたが写真に移行しました。それでも自らを「ペインター&フォトグラファー」と名乗っていました。彼の師ポール・ドラロッシュ*16は「今日を限りに絵画は死んだ」と語った画家ですが、それでも絵画が完全に写真に取って代わられたわけではありません。写真に担われる部分は確かにありますが、絵画にしか表現できないものも残る。その重なりの部分にこそ、写真的芸術家は存在すると私は考えています。田中さんもその一人です。

河西:    ありがとうございます。私自身の感覚で言葉にしきれないのですが、仕事でいろいろなアーティストと関わるなかで気づいたことがあります。すごくいい彫刻家やすごくいい写真家と話すと、飲み会の席などで「世の中は全部写真だ」とか「この宇宙は全部彫刻だ」といった議論になることがある。でも画家とはあまりそういう話にならない。不思議に思うのですが、そういう違いがある気がします。

梅津:    確かに面白いですね。

河西:    すみません、広すぎる質問でした。

梅津:    いいえ。また1年後でも、2年後でも、この話題を続けられればと思います。面白いですよね。

河西:    最後にご案内です。この伝説的な「画家の写真展」の記録冊子を1000円で販売しています。金村さんや小松さんも寄稿していて、とても貴重な内容です。本当に作家の個性と愛が詰まった冊子ですので、ぜひ手に取ってみてください。

梅津:    出展した7名の画家、厚地朋子さん、榎本耕一さん、大野智史さん、荻野僚介さん、竹崎和征さん、西村有さん、八重樫ゆいさんに写真作品を依頼し、田中さんのスペース「soda」で開催した3日間限定の展覧会を記録したものです。アクセスの難しい場所での展示でしたが、その様子や作品写真、そして私や金村さん、小松さんのテキストも収録されています。税込1000円で頒布されていますので、ぜひご覧ください。

河西:    それでは以上をもちましてトークイベントを終了します。ありがとうございました。

​1  

脚注

​——————————————————————————————————————
*16   19世紀フランスの画家で、歴史画で知られる。写真の発明に際し「今日を限りに絵画は死んだ」と語ったとされ、写真と絵画の関係を象徴的に示す人物として言及されることが多い。

文・編集/金田 幸 (KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.)
ウェブアーカイブ/金田 幸 (KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.)

校正・文責/河西 香奈 (KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.)

  • KANA KAWANISHI GALLERY on Facebook
  • KANA KAWANISHI GALLERY on Instagram
  • KANA KAWANISHI GALLERY on Twitter

All Rights Reserevd by  KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.

bottom of page