田中和人 個展『Picture(s) II』
開催記念トークイベント
「写真的芸術家をめぐって—田中和人の作品から考える—」
田中和人 × 梅津元
日 時: 2025年7月12日(土)
会 場: KANA KAWANISHI GALLERY
登壇者: 田中和人 × 梅津元

〈「写真的芸術家」とは〉
梅津: なぜ大変かというと、これはもともと私が研究してきた芸術家・瑛九*6に関わる言葉だからです。美術評論家・外山卯三郎*7が彼を「写真芸術家」と評しました。私はそこに「的」を加えて「写真的芸術家」という言い方をしています。
瑛九は1930年代から写真と絵画のあいだを行き来する実験をしていました。ガラス乾板に傷をつけたり塗りつぶしたり、現像の段階で加工をしたり。つまり「光で描く」という写真の原理を、自分の手の感覚と結びつけて作品化し、「フォト・デッサン」と呼びました。写真のフォトと、素描のデッサンを組み合わせた造語です。どういうことをしたかというと、紙に描いたデッサンを切り抜いて型紙にし、それを印画紙の上に置いて光を当てると、マチスの切り絵のような像が浮かび上がる。同じ型紙を使って、今度はエアブラシで色を吹き付けると、それはもう絵画として成立する。
あるときは版画をそのまま感光紙に転写して、写真と版画のイメージを重ね合わせたりもしました。さらには、小さなガラス板に直接描画して、それを拡大焼き付けすることで、抽象的なフォト・デッサンを生み出す。
外山は「瑛九は絵画では成功しない」と言いましたが、実際には彼は後年、点描による抽象絵画で大きな成果を残しました。つまり最終的なアウトプットは絵画でしたが、その革新を支えたのは「写真的思考」だったんです。だから私は「写真的芸術家」という言葉を、単に写真家の肩書きに対して使うのではなく、写真の原理を基盤にしながら別の領域に踏み込んでいく芸術家にこそ使いたいと思っています。
そして、この概念を考えるうえで欠かせないもう一人の作家が杉浦邦恵*8さんです。杉浦さんにはインタビューをしたことがあるのですが、そのときにも強く感じました。彼女は1960年代からフォトグラムを中心に制作を展開し、植物や布、生きた動物までを光で感光紙に焼き付けてきました。写真と絵画の境界を常に越境する実践です。さらに「フォト・カンヴァス」では、カンヴァスに感光乳剤を塗り、自ら撮影した写真を焼き付け、モノクロームのペインティングと並置しました。写真と絵画を並置するという方法論は、田中さんの『Picture(s)』とも強く響き合っています。
田中さんの場合も、作品の形は写真であっても、その根底には絵画への強い関心があります。写真というメディウムを通じて「絵画を見るとはどういうことか」を考えている。まさに「写真的思考」によって絵画の領域を問い直しているのです。
たとえば『Picture(s)』シリーズでは、絵画と写真を一枚の画面に並置することで、見ることの経験そのものを作品化しています。アウトプットは写真でありながら、同時に絵画の本質をめぐる探求でもある。その在り方が、瑛九が辿った軌跡とも重なるのです。だから私は2018年に田中さんを「写真的芸術家」と呼びました。
つまり「写真的芸術家」という系譜は、瑛九から杉浦邦恵、そして田中和人さんへと繋がっている。そのなかで共通しているのは、最終的なアウトプットが写真か絵画かに関わらず、その根底に「光で描く=写真の原理」を思考の軸に据えている、という点です。
田中: ありがとうございます。僕自身も、絵画と写真の間を揺れ動きながら、新しい領域を探り続けています。常に「見るとは何か」を問いながら、写真を通して作品を作っていきたいと思います。
梅津: フォトグラムをやるということと、写真芸術家という領域に関係があるのではないか、ということも考えました。では『pLastic_fLowers』を少し見てみましょう。田中さんは写真と絵画の混合技法、いわゆるハイブリッドをさまざまに試みています。先ほどおっしゃったように、絵画への関心が非常に強いことがよく分かります。
私が田中さんの作品に惹かれるのも、やはり抽象表現やカラーフィールド・ペインティング、あるいはミニマリズムといった美術の領域における関心から見て、興味を喚起するものだからです。「抽象」とは一体何なのか。それを問う作品であり、写真でありながら絵画的な要素を多分に含んでいる。そこが田中さんの非常に優れた点ではないかと思います。そのあたりについては、後ほど私の話をひととおり終えた後に、田中さん、河西さんとぜひお話できればと思います。
〈他作家との比較〉
梅津: 「写真的芸術家」の系譜をもう少し広げられるのかどうかということで、ほかの作家についても触れてみたいと思います。たとえば高松次郎*9の《写真の写真》。写真をもう一度カメラで撮影することで、波打ったり光を反射したりして、元の写真が見えにくくなる。これは写真の原理そのものを逆手に取った実践ですよね。
次に野村仁*10さん。映像もやっていた方ですが、16mmカメラでコマ撮りを続けた非常に重要な作品があります。16ミリフィルムを使ってコマ撮りで作品を制作しました。動画が撮れるカメラを持ちながら、一枚一枚を日記的に記録していく。つまり「時間」をテーマに写真原理を展開した作家です。
それから山中信夫*11さん。多摩川で撮影したフィルムを、また多摩川の水面に投影する作品を発表しました。どちらかといえば映像ですが、「写真とは何か」を根本から問い直す実践として非常に重要だと思います。
そして無視できないのがゲルハルト・リヒター*12です。以前、私は彼も「写真的芸術家」に含まれるのではと考えたことがあります。でも今は違うと思っています。リヒターはやはり画家で、写真を絵画を生み出すための「ツール」として利用している。基盤にしているというよりは搾取している、と言った方が近いかもしれません。
さらに歴史を遡れば、タルボット*13やギュスターヴ・ル・グレイ*14にも行き着きます。タルボットは写真を「フォトジェニック・ドローイング」と名づけました。絵を描きたいけれど下手だから、自然そのものに描かせようと考えたのが写真発明のきっかけでした。
最後にギュスターヴ・ル・グレイについて触れたいと思います。彼はもともと画家で、バルビゾン派の人たちと一緒に森で絵を描いていましたが、写真の登場で写真家にもなりました。ただ自分のことを「画家であり写真家」と言い続けていました。《海景》では、当時一枚で撮ることが不可能だった空と海を、別々に撮影して合成しているんです。二枚を組み合わせて一枚の写真に仕上げる。これを平気でやってしまうのは、彼が画家だからこそでしょう。しかも完成度が非常に高い。横江文憲さんの解説にもありますが、クールベ*15がこの写真を見て絵を描いたという話も残っています。私はル・グレイこそ、「写真的芸術家」の最も重要な先駆者だと思っています。時間が過ぎてしまいました。田中さん、今のお話を聞いてどうですか?
田中: ありがとうございます。僕の場合、「描きたい」というより「見たい」という欲求が出発点です。初めて自分の写真を見たときの「これだ」という直感が強烈で、その感覚が今も制作の核にあります。学生や会社員の頃に誰にも見せないスナップを大量に撮っていて、後から振り返ると、あの体験がすべての始まりでした。
梅津: 外山卯三郎の文章に「生得的に光学的な感受性」という表現があります。「生得的」とは先天的という意味ですが、それを田中さんに重ね合わせて考えたくなります。田中さんはまさにその感覚を持っていて、だからこそ抽象絵画やカラーフィールド・ペインティングを見たときに強烈な共感を覚えたんじゃないでしょうか。
田中: そうですね。僕がまだ何も作品を作っていなかった頃、初めて抽象表現主義の絵画を見て強烈な衝撃を受けました。その体験と、自分のスナップ写真を見たときの直感が、ずっと両輪になって今の制作に繋がっている気がします。
梅津: 『Picture(s) I』は平面的な並置(平置)構造でしたが、『II』では層(レイヤー)へと展開しています。私は初日に「印画紙の逆襲」がまた起こるのでは、と話しましたが(笑)。
田中: (笑)可能性はあります。『 II』は始まったばかりで、これからどうなるか分からない。
