三保谷将史個展

『Images are for illustration purposes』開催記念 トークイベント

小高美穂 × 三保谷将史

 

小高:

三保谷:

小高:

三保谷:

これまでの作品で使っているのは日本の素材だけですが、例えば海外の物にも興味があったりするのですか?

 

興味がないことはありませんが、今は違う方向に興味が向いています。実は明日から京都の「KAGAN HOTEL(アーティストのためのレジデンス兼一般客向けホテル)」に引っ越すのですが、そこにはスタジオがあり、「制作のためならなんでもやっていい」というスペースです。はじめは写真の技法で何かやれたらと思っていたのですが、住んでみないと分かりません。今構想しているのは、彫刻の勉強をしつつスタジオ自体はゲームスタジオにして、大きなモニターとゲームを置いてひたすら僕はそこでゲームをするという。それを何かしら写真的な視点で最終的に作品として形にできれば、というのを考えています。まだあくまで構想段階ではありますが。

「完全にバーチャルの世界に住んでしまおう」という感じでしょうか?

 

ひとつ言えるのは、バグ*6的なものに惹かれているということ。ここでのバグは先ほど話していた虫の「バグ」にかけているわけではないのですが、表現として繋がりがあるかも知れないと感じています。例えばグリッチ*7とかもそうですけど、ゲームをしていてバグと出会うということは、そのバグの向こう側にはゲームを設計している何かがある、ということのメタファーでもある。

 

例えばトークをしている今この場で、グリッジみたいな現象が突然発生したとしたら、今私たちがいるここも実はゲームの世界かも知れなくて、僕らをプログラミングしている存在、あるいは神的な何かの存在を考えてしまう。そういう観点からも、ゲームの世界には興味を持っています。

 

昔から、意味のわからないものに惹かれるんですよね。人間ってどうしても、成長していくと意味のわからないものに対しても過去の経験から「多分こういうことだろう」と判断し、置いてけるようになってしまうと思うんですよね。でも実際世界はそうじゃないと思いますし。

小高:

すごく面白いです。今回の展示作品のようにフォトグラムの手法に取り組んでいると、「次の展開は何ですか」などとよく聞かれるかと思うのですが、この手法って無限に作ることもできますよね。生きている限り延々と消費し、増幅し、大量生産され続ける素材を使うことで、ライフワークとして続けられる作品でもありますが、それとはまったく違う「バーチャル」というのも三保谷さんの表現の一つなんですね。ゲームの中のバグに興味が向いているというのも面白い。三保谷さんにとって、現実の世界とゲームの世界の間に差がないのかも知れませんね。

三保谷:

なんというか、ゲームの世界も僕らの現実に同居しているもう一つのレイヤー、あるいはパラレルワールドのような存在のように感じてます。ひとつの事実としての「視覚」という見方ができるというか。さっきのアニメの話もそうなんですけど。

 

話が少し飛ぶのですが、そういうことをずっと考えていると、「どこまでいっても人間というプログラムの枠からは逃れられないんだな」と、たまにすごく虚しくなる時もあります。ゲームにおいても、キャラクターは何をやってもその世界から出ることはできないじゃないですか。冒険をしているときは楽しいけれど、全面クリアした時の虚しさとか。最近のゲームはアップデートを繰り返してどんどん広がっていくと思うのですが、そうして拡張していく世界というのは、ある種宇宙の膨張の話とも重なると感じたり。

小高:

すごく哲学的な話ですね。ミクロコスモスというか、無限に続いていく世界。でも常にコントロールする「神の視点」もあって、「みていて、みられていて」という鏡の入れ子のような世界。無限に増幅していく世界という気もしますね。

 

三保谷:

僕ら人間には色々なことを共有したい欲求があります。「この症状のときはあの草を食べるといいよ」という生き延びるための知恵から始まって、時代が移り変わるにつれ、薬ができたり、料理ができたり、SNSができたりと、僕らには「共有したい」という欲求が無自覚ながらも自然とある。だからお喋りとかしたいし、ずっと一人でいると病むこともある。1〜2年前に、「もういい歳なのに、なんで自分はこんなに写真を続けているんだろう」と考えることがありました。

小高:

三保谷:

今回個展ができて良かったですね。

 

はい、個展の機会をいただけて非常にありがたいです。そしてこうやって展示をする事に関して思ったのが、自分が何かを作って発表することも、その「共有」という人間の性質の現代版なのかな、ということでした。

 

50年後、100年後先には肉体もなくなって、意識もソフトウェア化されるかもしれない。そんな事をひかえた今の時代においての「共有する」「多様性を広げる」ことってなんなんだろうと考えた時、その一つがこういった「一見難解で意味不明なこと」なのかなと、はたと思った時がありました。そして「自分は人間という生き物としてごく自然なことをやっているんだ」となんだかほっとして。そしてそれは、世に芸術と呼ばれていることの領域に当てはまるのかもしれないと思いました。

小高:

三保谷:

まさに今の制作の動機で、「なぜ作っているのか」という核になっている部分ですね。

 

作品を見に来る人も、ある種同じだと思います。作品から何かをキャッチして、その人の中に何かが発生したり、もしくは誰かにその何かを伝えるということも、僕が発表することとほぼ同じことだと思います。それによって一人一人の平均的な認識が変化して、拡張していくような気がします。例えば今までは「これをこうにしか見られなかったけれど、こうにも見えるようになった」とか、「こうかも知れない思うようになった」とか、そういう広がりが生物多様性の拡張であり、その広がりの末端にいる人たちがいわゆる表現者だったりするのかな、などとずっと考えています。

小高:

三保谷:

三保谷さんにとって「外に出す」こと、つまり作品を発表する行為は「共有する感覚」ですか?

 

これは自分のことを俯瞰した上での納得であって、基本的には無自覚で無意識的です。何かを「拡張させたい」とか「こういう意識を共有したい」という意志は全くありません。ただ単純に自己満足でやっていて、この自己満足はなんなんだろうと考えたら、人間の性質的部分からいえばこういうことなのかな、という結論に至りました。社会不適合者の自己防衛本能が働いたとも言えるのかも知れませんが(笑)。

小高:

三保谷:

これから新しいスタジオで作っていく作品も構想中なのでしょうか?

 

そうですね。ただ色々なアーティストが住むシェアハウスなので、どうなっていくかは分かりません。やっぱり僕は個人単位で活動していくとなると、個の限界というか、膨張していく上での壁のようなものがあるような気がします。

 

今は美術においてもアートコレクティブなど集団で何かをやるとことが取り上げられていると思いますが、集団で活動することがなぜ大事なのかといえば、「人工知能の出現によって人ができることってなんだろう」と考えたときに、いかに個人戦ではなくポリフォニック*8に脳を合体してやっていくかということに、まだまだ未知の可能性があるから。逆にいうと、可能性がまだまだ開拓されていない。人工知能などの登場によって意識的にその問いがフォーカスされ、注目されているのではないかと思います。

 

実在のコレクティブについても、「実際に連結するのではなく、何かに属することに満足しているだけのことが多い」というのを読んだことがあり、それは結局コレクティブとしての意味を為していないことになります。一方で、うまく機能しているコレクティブというのはやっぱりすごく面白い。単純に、個人の活動では見たことのない、経験したことのないことができるので、引越し先ではそういうのも楽しみです。KAGANHOTELという場所ができて、そこに自分が引っ越すことの必然性などを考えながら、スタジオでずっとゲームをしていようかなと思います(笑)。

小高:

ゲームの作品というのがどういうものになるのか、本当に未知数ですよね。さっきポリフォニックの話ありましたが、同時代性という側面もありますし、今は人工知能と人間の脳は明確に分かれていますが、今後はますますクロスオーバーしていくと思います。そうなると、これからどこからどこまでが人工知能で、どこからが自分の脳で考えていることなのか、あやふやになってくるかも知れません。そういう要素がだんだんと作品に入っていくのもすごく面白いと、お聞きしていて思いました。楽しみですね。

三保谷:

小高:

三保谷:

そうですね。でもまずは京都で仕事を探さないと(笑)。

 

作家にとっては、続けられる環境が第一ですからね。

制作だけしていても月給20万、30万をもらえるわけではなく、自己満足のためにやっているが故に、どうしても切り売りしないといけないことがあります。ただ、ある程度歳を経ていくとやっぱり20代の頃のように軽やかに転職はできないし、若者ハローワークも35歳まででどんどん選択肢が狭まっていく中で、無意識に精神的なプレッシャーになっていくことが、作品を作る上でも結構ダメージになるということをこの歳になって感じています。だから仕事と制作の両立は大事だなと思っています。仕事に関しても、「お金のためだけに働く」というのが僕にはできず、時間をそういうところで無駄にしたくもないので、仕事からも制作へのインスピレーションを受けていきたいです。そういうことを含め、京都でどう活動していけるかを模索していこうと考えています。

小高:

実は三保谷さん、沢山の仕事を経験なさっていますよね。ギャラリストの下で働いたり、色々な仕事をされてきて、その経験が確実に作品にも何かしら影響しているのかなと思うんです。三保谷さんが作品を作る視点の中でレイヤーをたくさん持っているのは、すごくポリフォニックな職業を経てきたこともあるのかも知れないですよね。

三保谷:

最近感じるのは、自分は本当に労働者階級の人間だなということです。高卒で働き始めたので美大や芸大にも行っていないですし、そもそも行くお金もなければ、「美大に行く」という選択肢があることすら知らなかった。だから、働からざるを得ないことをむしろポジティブに引き受けていきたいという思いはあります。そうすることで、労働者というマジョリティに属しながらも、そこから何かしらのマイノリティ性が見出していけるのかなというか。

小高:

商品パッケージと通じているところがありますね。日々大量生産されていく、いわばマジョリティとしてのものの中からユニークなもの、唯一無二のものを作り出していく作業は、やっぱり三保谷さんの今までの経験との絶対的な関連があるのだろうと話を伺って改めて思いました。せっかくなので、質問があればこの場で。どなたかいらっしゃいますか?

 

​質疑応答

質問者:

三保谷さんに質問です。今回展示されているシリーズや、渋谷で無料配布されている素材を使ったシリーズにおいて、集められたイメージ素材をご自身の中で系統立てる作業はありますか? 例えば「これは昆虫でいったら節足系だ」とか。僕は名付けられないイメージやバグに対してすごく違和感があって、見ていると落ち着かなくなってしまいます。なので、意味づけや枠組みを与えたいという気持ちが強くなります。三保谷さんの作品は三保谷さん自身が見つけた新種だと思うのですが、それに対して「類」や「群」を与えていくことはありますか?

三保谷:

そういう作業はしないですね。イメージとして言語的に記憶している感覚です。カテゴライズとしては、個展のタイトルのままですね。細分化されたタイトルはまったくないわけでもないのですが、あまり考えてはいないです。逆に、〈Take what you want〉はバリエーションがあるので、ポートレートっぽいモチーフ、文字情報の多いモチーフ、という分類はあります。たまに「作品一つ一つにタイトルを付けないのか」と言われることもありますが、あまり手がかりを作りたくないんです。自分自身もこれが1年後、2年後には見え方が変わっていたりすると思うので、そういう意味でも個別タイトルはつけないですね。

小高:

河西:

そうですよね。今回の個展でも作品はナンバリングで管理して、タイトルはつけていないですね。作品の素材が何であるかも知らせていないのでしょうか?

 

何のパッケージが素材なのか、私たちギャラリーも教えて頂いている作品もあれば、敢えて全部を知りたくないという気持ちもあります。POETIC SCAPEのオーナーである柿島さんがこの展示にいらした際に話したのは、こういう「ネタバレ要素」のある作品には、元ネタが分かった途端につまらなくなってしまって、それ以降どの作品を見てもバリエーションにしか見えなくなってしまうことが多いのですが、三保谷さんの作品にはそれがありません。

 

実際作品に使用したパッケージを三保谷さんに持ってきて頂きました。今日はせっかくなので、お越し頂いた皆さんに少しご覧いただこうかと思います。例えば、正面の青い作品(図版左)は果物の缶詰のパッケージです。

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Images are for illustration purposes_18

2016-2019  |  type c print
©︎ Masashi Mihotani

courtesy  KANA KAWANISHI GALLERY

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2016-2019  |  type c print
©︎ Masashi Mihotani

courtesy  KANA KAWANISHI GALLERY

Images are for illustration purposes 03.

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2016-2019  |  type c print
©︎ Masashi Mihotani

courtesy  KANA KAWANISHI GALLERY

三保谷:

河西:

本当にただのゴミになるものを使っているんです。

 

小高さんの後ろにある作品(図版中央)がこのパッケージです。

小高:

三保谷:

河西:

小高:

三保谷:

河西:

小高:

クリスピーの部分ですかね?

 

そうですね。これはとろーんと溶けている所とかが、もう天地や立体感の概念がなくなり、浮遊感があるのが、フォトグラム的だなと思いながら扱っていました。

そしてその緑の作品(図版右)がこれですね。コーヒー。

 

コーヒー!これがですか?

今回は大きな作品も暗室で制作しているのですが、大きく引き延ばすと光の距離が長くなり、ピントのボケ具合も変化して、光の収差*9で色も変わります。ちょっと茶色っぽくなっているのは、素材の色ではなく光の収差の影響だと思います。光というのは完璧に解明されていない物理現象なので、写真を考える上でも永遠のテーマだなと思います。そのように光の一端を体験できたのは、自分の中では感慨深かったです。

光の収差による色調の変化も作品に含まれているのですね。このように、素材をネタバレ的に知っていても知らなくても、面白いと思えるんです。

 

なんだか中毒性がありますよね。素材が何なのか知りたくなるんだけど、知らないままの方が良いのかも知れない...。

河西:

小高:

現代においては、身近なことで「知らないこと」は減ってきていると思うので、ちょっと残しておきたい気持ちもあり、全部は聞いていないのです。

 

やっぱりそこは「見る人に委ねたい」というか、想像する面白さがあるのでしょうか?

三保谷:

小高:

三保谷:

そういう意識とはまた違うのかなと思います。自分自身がこの作品に一番驚き楽しんでいるので、自分でもこの作品がなんなのかというのは分かっていません。元ネタは分かりますけど、結果としてこれが何なのかが分からないから、取り組んでいます。

どう捉えられているのか、今の私たちにとっても相当不思議な作品ですが、これを数十年後、数何百年後に全然違う目線で見たときにどう捉えられるんだろう、と考えると面白いですね。

 

確かにそうですね。今でこそ辛うじて「トッポ」だとバレやすいですが(以下図版)、100年後にも「トッポ」があるかどうか分かりませんし、そうするとその時代の方々にはますます「何これ」という作品になりますよね。そういう光景を天国から見ていたいです(笑)。

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Images are for illustration purposes_15

2016-2019  |  archival pigment print | 228 × 177 mm
©︎ Masashi Mihotani  
courtesy  KANA KAWANISHI GALLERY

河西:

質問者:

他にご質問はありますか?

 

ウェブで作品を拝見し、一目見て画的にすごくグラフィカルで、とてもセンスのある方だなと思っていたのですが、好きな写真家、または好きな映画監督などはいますか?

三保谷:

映画は全然観なくて、他人から勧められたときに年に1、2回見るくらいの頻度です。なので映画監督とかは全然詳しくないのですが、写真家だと、スティーブン・ギルや柴田敏雄さん、最近雑誌『IMA』で紹介されていたルース・ファン・ビークというコラージュを制作している作家などが良いなと思いますね。

小高:

また全然ジャンルが違いますね。

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《高知県土佐郡大川村 2007年》
2007  |   © TOSHIO SHIBATA

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Garden Scene
2016  |  ©︎ Ruth van Beek, courtesy The Ravestijn Gallery

三保谷:

グラフィカルなイメージの作品で好きなのはそのあたりの方たちですが、それ以外でいうと、オランダのサラ・ローレ・エンゲルハルドという動物学者や、カール・ブロスフェルトという植物学者で医者の方。あとはヨへン・レンペルト。生で作品を見たことはありませんが、レンペルトも動物学者です。出自が写真ではない、写真が本業ではない人が好きですね。

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May 12, 2011
 © sarah laure engelhard

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Blumenbachia hieronymi
1915-1925 © Karl Blossfeldt

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 Jackdaw/Fontana I
 
2014  |  © Jochen Lempert

河西:

三保谷:

それは後からわかってくることですよね。本業が違うから好きなのではなく、好きな作品を撮る人にそういう系統が多い、というような。

 

そうですね。その人だけにしかない世界観がある人が好きなのだと思います。今挙げた方々も学者として被写体を見ているので単純に面白い上、画的にも惹かれます。自分の作品からは星野道夫をイメージしないと思われるかも知れませんが、星野道夫とかも大好きです。他には、全然ジャンルは違いますが、大橋仁さんや楢木逸郎さんも好きです。

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© Michio Hoshino

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© NARAKI Itsuro

小高:

三保谷:

ストレートな写真から幅広く、でも動物や植物の視点だったり、人間の目ではない視点に元々興味があるんですね。

 

大橋仁さんは、僕から見たらすごくピュアボーイだなと思うんですよね。

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〈そこにすわろうとおもう〉より
© Jin Ohashi

小高:

三保谷:

作品が衝撃的ですよね。

 

衝撃的だけれど、動機がすごくピュアで、そういう態度に憧れる部分もあります。

小高:

三保谷:

三保谷さんも十分ピュアですよね。

 

いえいえ、僕は人に対してまだまだ素直になれないので(笑)。

河西:

では、最後に質問に替えて感想を。三保谷さんがいつも「考えてはいても、普段は語り切れない部分」を見事に引き出されていて、小高さんの見事な進行に感服いたしました。本当にありがとうございました。

 

私が個人的に三保谷さんがすごく良い作家さんだな、と思ったエピソードをひとつ。三保谷さんは本当にお菓子が大好きだそうで、それこそ高校生の頃には、月のお菓子代が合計15,000円を超えていたこともあったそうです。高校生にとって15,000円は大金ですよね。これらの作品も、頭でっかちにコンセプトが先にあったのではなく、本当に食べたくて大量に購入して、彼の日常の延長にある作品で、だからこその強度があると思います。

三保谷:

河西:

最近はちょっと健康の為に抑えていますが(笑)。

 

今後は京都に拠点を移されて、自分の趣味の延長というか、趣味を超えるくらい自分の日常にあるゲームで作品をつくろうとしているのは、すごく面白いなと思いますし、また作品が出来上がるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました!

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*6 バグ:英語の「虫」の意が転じて、コンピュータプログラムの誤りや欠陥を表す。

*7 グリッチ:デジタル装置のエラー、そのために生じるノイズ、またはそれらを利用して作品を制作する手法、裏技のこと。

*8 ポリフォニック:いくつもの層にかさなっているさま。多層的。重層的。

*9 光の収差:望遠鏡や写真機等のレンズ類による光学系において、被写体から像への変換の際、幾何的に理想的には変換されずに発生する、色づきやボケやゆがみ。

 

文:小林萌子(KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.)
校正:折笠純、河西香奈(KANA KAWANISHI ART OFFICE LLC.)