内倉真一郎 個展『浮遊の肖像』開催記念トークイベント

姫野希美氏 × 内倉真一郎

日 時: 2022年7月9日(土)18:00〜

会 場: KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY

登壇者: 姫野希美氏(赤々舎・代表)× 内倉真一郎(進行:河西香奈)

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〈『私の肖像』と『浮遊の肖像』〉

現在開催しております内倉真一郎さんの個展『浮遊の肖像』のオープニングトークイベントをはじめたいと思います。本日は、京都の赤々舎より姫野希美さんにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。

赤々舎からは、2020年に『私の肖像』という内倉さんの写真集が出ているのですが、今回の『浮遊の肖像』はこの発展版という位置付けで発表されています。

 

河西: 

姫野: 

こちらのシリーズは内倉さんから度々見せていただいてたのですが、内倉さんのなかで『浮遊の肖像』は『私の肖像』の派生という位置付けだと今はじめて知りました。さきほど、このシリーズの作品をまとめて拝見しましたが、すごく興味深いですね。今日はみなさんと同じような目線でいろいろと質問をしながらお話を伺いたいです。
 

内倉: 

ありがとうございます。
 

それでは、まず『私の肖像』をご覧になっている方はいらっしゃいますか?

河西: 

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写真集『私の肖像』(2020年、赤々舎)より

©︎ Shinichiro Uchikura, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

(ちらほらと会場で手があがる)
 

観客: 

ありがとうございます。時系列的には、内倉さんは『私の肖像』のあとに、今回の『浮遊の肖像』を撮られていましたね?

河西: 

そうです。2020年10月にこの場所で『私の肖像』の個展を行いまして、その後2021年ごろから何をどう撮ろうかと考えていました。そのときは「どのように撮ろう」より前に「どのように見よう」と考え、このシリーズが始まりました。
 

内倉: 

姫野: 

そうですね、写真館にいらしたお客さまもいますし、その方の知り合いや、あとは恒例ですが僕の娘と息子です。
 

内倉: 

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個展『私の肖像』(2020年、KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY)展示風景

©︎ Shinichiro Uchikura, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY, photo by Yoshiaki Nakamura

姫野: 

『私の肖像』でも内倉さんの家族がすごく活躍していましたね。一見すると、身内のつながりが完全に切れているようにも見える作品でした。

このシリーズでも写真館にいらっしゃるお客さまやその知り合いの方が被写体になっていて、相変わらず黒バックで撮影されていますけど、今回は上から撮っているんですよね?

姫野:

内倉: 

はい、スタジオにある2メートル30センチくらいの大きな脚立を使っています。そのてっぺんまで登って、下を覗き込むようにして撮影しています。かなり危ない状況で撮っているので、シャッターは2、3枚しか切っていません。

 

『私の肖像』のときは、1回につき、500枚から1000枚ほど撮っていました。これはカメラの話ですが、やはりカメラにはシャッター回数に限界があるんです。だから当時使っていたカメラのうち1台はこの撮影で完全に壊れてしまいました。

 

前回とは違い、今回のシリーズでは数枚しか撮っていないですが、先ほどもお伝えしたとおり撮り方の違いからです。

姫野: 

脚立の上に立っているから、3メートルを超える高さから覗き込むということですからね。カメラを真俯瞰で構えての撮影は、たくさん撮れるものではないんですね。

河西: 

身内に対する目線も、まったく他の被写体と変わらない、写真家として向き合っている凄みがありますよね。

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個展『浮遊の肖像』展示風景

©︎ Shinichiro Uchikura, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY, photo by Yoshiaki Nakamura
 

撮影しているときは、実は被写体になっている人たちが一番大変なんです。みなさん横になっているので、あごが上がってしまわないように頭のうしろにクッションを入れています。それでももう少し顔を見せたいときは、シャッターを切るときに「せーの」で合わせて、頭を起こしてもらいました。足先も横に倒さないように立ててもらっていて、そういった動きがあると浮遊している感じがどんどんと出てくるんです。

 

また、今まで作品は自然光での撮影しかしたことがなかったのですが、今回ははじめてストロボ光を使って制作しました。というのも、浮かび上がっている感じや、ふわんと浮遊している感じで撮るためには、光を作りだす必要があったからです。これは昔でいう「お化けライティング」という下から光で照らす手法で撮影しています。

内倉:

頭とつま先の角度を調整することが、浮遊感につながっているんですね。

姫野:

内倉: 

あとは、鼻をできるだけ見せることです。鼻を見せるように撮ると、下から光をあてているので、鼻の穴にハイライトがくるんです。その小さなハイライトが反射したところが、まぶたに少しきたりするんです。それが美しいんですよ。

 

〈俯瞰でみる〉

「浮遊感」ということについて内倉さんへ伺いたかったのですが、これはどのように浮いていると思いますか?というのも、私がはじめてこの作品を見たときに、これをどのように見たらいいのかと考えまして。この人たちは、横になったまま上で撮っている内倉さんの方へ浮いてきているのか、それとも体が起きた状態で浮かび上がっているのか、どちらなのでしょうか?

姫野:

僕もそれについて考えていました。『エクソシスト』のように人が横になっていてそのまま浮かび上がっているように撮るのか、それとも『ウォーリーを探せ!』のような頭の上だけが写るように撮るのか、このシリーズをはじめる前にはいろいろと考えました。
 

内倉: 

なるほど。「ウォーリー」では画面のなかで人々の頭だけが写っていますけど、今はそうしていないですよね。これらの作品は、頭の先だけが写るウォーリータイプではなく、横になったまま浮遊するエクソシストタイプが多いのかなと思っていて、でも必ずしもすべてがそうではないですよね。私は内倉さんからこのシリーズを見せてもらっていて、いつもそれがどちらなのかなと考えていました。

姫野:

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photo by Yoshiaki Nakamura

最初にお話した「どのように人を見よう」かと考えたときに、悟りについての考え方をまとめたWEBサイトを参考にしました。癒しのホームページみたいなもので、宗教などとは関係ないのですが、ものごとを俯瞰で見るとより良く人生を歩めますよといったことを伝えているサイトです。

 

それを寝るまえにみていると、いつの間にか気持ちよく眠ってしまうんです。そこから、なぜ心地よくなるのかと考えはじめました。そのことがきっかけで、実際に俯瞰的に上から人物を見たらどんな風に見えるんだろうと思ったんです。普通ならまっすぐにしか人を見ないですからね。だから正面の等身大というところにこだわっています。宇宙的な目線というか、空から人を見るとどうなるのかなと考えました。
 

内倉: 

そのサイトには視点としての「俯瞰」について書いてあって、そうすると人はどのように写るんだろうと疑問に感じてきたということですね。そして、それが今回写真で表現することのきっかけになったと。

姫野:

先ほど『ウォーリーを探せ!』についてお話しましたけど、今日この作品を見ていて、そういえばこれがきっかけだったなと思い出したんです。僕は小さいころからウォーリーが大好きで、だから人を俯瞰で見ようと考えたときにすぐ紐づきました。それから携帯でウォーリーを眺めていたんですけど、とても多くの人たちが画面にいるんですよね。いろんな人種の人が、いろんな事をしていて、いろんな角度で写っている。それをピックアップしたらどうなんだろうなと思ったんです。そこから始まったシリーズなんですよね。
 

内倉: 

姫野:

それは何だかとてもわかります。つまり俯瞰してみたら、人って実はそれぞれ面白いことをやっているということですよね。例えばラグビー選手が写る作品をみるとき、私たちはラグビーを知っているのでこんなシーンがあるとわかるけれど、もしラグビーを知らないある種宇宙的な目線の人がみたら、密集したこの状況はどのように見えるのだろうと思いますよね。内倉さんがおっしゃっていることは、その視点に近い気がするんですよ。このお母さんが急いでカートにものを詰めて買い物をしている状況も、私たちには意味や背景がわかるけれど、それを切り離して意味が抜け落ちた状態でみてみると、この動作やものの動きなどはどのように見えるのだろうかと、そういった面白さがどれにもあるように感じます。

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The Floating Portrait #006
2022 | archival pigment print | 1188 × 792 mm | ©︎ Shinichiro Uchikura, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

ありがとうございます。
 

内倉: 

そういうところがもしかしたらウォーリーの面白さなのかもしれませんね。そういった超越的な目線がピックアップの仕方に生きているような気がして、良い意味で可笑しいなと思います。あらためて私たちが日常で行っていることをそれぞれピックアップしてみると、多分こういう象徴的な何かの動きで出てくるんだなと思いました。そこで私がこだわりたいのは、どのように浮遊しているのかということです。

姫野:

ステートメントにも「浮遊してくるものは、肉体なのか魂なのか?」とありましたね。
 

河西: 

姫野:

そうですね。超越的な上からみている目線の方へ、横になったままむかってくる浮遊感というのをとても濃く感じるなと思うんです。ウォーリーの見え方なら、この角度にならなくても良いはずなので、撮っている自分の方へ浮いてくるというこの角度、視点で内倉さんが撮りたかったというところに興味が湧いています。

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