三保谷将史個展

『Images are for illustration purposes』開催記念 トークイベント

小高美穂 × 三保谷将史

日 時: 2019年9月21日(土)17:00〜

会 場: KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY

登壇者: 小高美穂(キュレーター)× 三保谷将史(アーティスト)

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〈Images are for illustration purposes〉について

 

今日はお越しいただきありがとうございます。三保谷将史さんの東京では初の個展です。三保谷さんはマイペースに話される方ですが、色々と考えてコンセプチュアルな作品を作られています。今日は、人生初のトークイベントということで緊張していらっしゃるようです(笑)。

河西: 

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個展『Images are for illustration purposes』展示風景

©︎ Masashi Mihotani, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

小高: 

では人生初のトークイベントということで、よろしくお願いします。三保谷さんの作品は、2018年の「PHOTO CAMP」という機会で初めて拝見しました。いろいろな方の展示があったのですが、三保谷さんの作品は一見なんだかよく分からなくて、でもすごくグラフィカルで、3Dのグラフィックデザインのようだなと思いました。

ステートメントをお読みになった方もいらっしゃるかと思いますが、実はこのシリーズは商品パッケージから作られています。日々消費され、役割を終えたらゴミになってしまうものからこのような像を作り出していると聞き、面白いなと思い、さらに興味が湧きました。

三保谷さんにもお会いしてお話を聞き、このようにシャイな方ですが、視点や考え方がすごく面白いなと思い、河西さんにご紹介したことをきっかけに、ようやく個展が実現した、という感じですよね。

三保谷: 

小高: 

ありがとうございます。

お見かけした告知文では、「オリジナルプリントを展示するのが初めて」とありました。この一年で展覧会の機会も増えたと思いますが、今まではすべて「出力したイメージ」を展示していたということでしょうか?

三保谷: 

はい。今年(2019年)はドバイ、フランス、そして中国でそれぞれ展覧会があり、すべて現地で出力されたイメージを出品しました。そういうことに僕も抵抗があるわけではないのですが、やはり「データの写真」と「印画紙」は根本的に意味が違うという考えが自分の中にはあります。

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『第8回大理国際写真祭』(2019年、中国・大理)展示風景
©︎ Masashi Mihotani, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

今回展示している作品は、純粋なフォトグラムというよりはフォトグラムの亜種的な物であるという認識です。ですので完全な「一回性」を持つものであるかは微妙なラインです。ただ「印画紙」という比較的古い媒体に、「現代に流通しているもの」を、光という改変できない物理的な現象によって定着させたものという点で、その価値はオリジナルプリントに強く含まれると考えています。

印画紙の上に定着しているということですよね?

小高: 

三保谷: 

小高: 

そうです。「フィルム」という古いものに、「最近のもの」を情報として定着させています。「時間軸の重層性」というインデックスが一枚の印画紙にあると思います。

 

まずそのおっしゃっている「オリジナル」ということがどういう意味を持つのか、制作手法から話していくとわかりやすいので、そこから説明していただきましょうか。
 

 

パッケージを撮る

写真の暗室は皆さんご存知でしょうか。真っ暗な部屋で、パッケージに光を透過させ、その影を印画紙に写しているというプロセスで制作しています。

ここでいうパッケージとは、食品のパッケージのことですよね?

そうです。毎日夕飯の支度のためにスーパーに行き、買い物かごにガサガサと商品を入れていく中に、例えば冷凍食品のスパゲティがある。そこにはスパゲティがフォークで美味しそうにすくわれている写真が使われていて、そういうものを素材として光を通してその影を写すと、こういう像ができたりする(参考)

小高: 

三保谷: 

三保谷: 

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2016-2019  |  type c print  | 254 × 203 mm
©︎ Masashi Mihotani, courtesy  KANA KAWANISHI GALLERY

三保谷: 

その素材である「パッケージ」には、色々な素材があるんですよね?

そうですね。ポッキーの箱や、ポテチのアルミの袋、中がちょっと透けて見える半透明のOHPフィルムのような飴ちゃんの袋など、基本的に光が透過する素材をネガの代わりとして使っています。透過しないとこのような像はできません。

小高: 

三保谷: 

小高: 

紙とビニールを比較すると、透過率が変わるので作品も全然違った感じになりますよね?

そうですね。具体的に話すと、透明なOHPフィルムだと、1〜2秒露光するとくっきり像が出ます。逆に、ポテチのアルミ製の袋だと、絞りにもよるのですが20〜30秒から1〜2分、大きさによっては10分、20分、またはそれ以上かかることもあります。

小高: 

今回の展示作品の中でいうと、例えばこの青い作品(左下図版)なんかはポテトチップスの袋でしょうか。これはOHP?

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2016-2019  |  type c print  | 254 × 203 mm
©︎ Masashi Mihotani, courtesy  KANA KAWANISHI GALLER

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 2016-2019  |  type c print  | 254 × 203 mm
©︎ Masashi Mihotani, courtesy  KANA KAWANISHI GALLER

これはイオンのトップバリュのものでアルミ製ですね。アルミの物は、光が透過する過程でどうしても光が拡散してぼやけるのでシャープネスが弱くなるのですが、逆に緑のつぶつぶが写っている作品(右上図版)などはOHPなので、透過率が高く、結果的にだいぶシャープになります。

ちなみに、その緑のつぶつぶは何ですか?

小高: 

三保谷: 

小高: 

三保谷: 

何だと思いますか?

 

皆さん、どうでしょう(笑)?

小高: 

三保谷: 

これは煎餅です。豆煎餅みたいなやつですね。

このシリーズは投影しているので、色が反転しているんですよね。カラーなので、パッケージの色自体が反転してしまう。右側に写っている黒い丸がお煎餅の部分ということですね。では左側のつぶつぶは何でしょう。豆ですか?

小高: 

三保谷: 

そうです。パッケージに載っているのは、いわゆる「イメージ写真」なので、煎餅の手前に豆を転がすことで「こういう豆の食感と味なんだな」と想起しやすいデザインになっていました。

今回のタイトルの〈Images are for illustration purposes〉というのは、「これはイメージ写真です」という注意書きなんですよね?

小高: 

三保谷: 

最初は〈※写真はイメージです〉という日本語タイトルで大阪で展示をしたのですが、もう少し抽象的にしたいと思い、知り合いの方に英訳をお願いしました。「写真はイメージです」というのは、同語反復的で不思議な文言です。「写真は写真です」「イメージはイメージです」と言っているのと変わらない不思議さや、英語で見ると「情報の用途としてのものです」みたいなニュアンスにも聞こえ、それらは写真において色々なことに敷衍*1して考える事ができるなと思っています。

 

具体的には、暗室でネガキャリアにパッケージを入れて、露光するという手法ですよね。そもそもパッケージを用いるに至った経緯をお聞きしてもいいですか?

三保谷: 

もともと外でカメラを持って写真を撮っていたのですが、4〜5年前からあまり撮れなくなってしまいました。おじさんとかに「何を撮っているんだ」と怪しまれて怒られる日々が続いて、人目を気にするようになってしまったんです。そのように気が滅入ってきた時期に、知り合いの版画家が自身のアトリエをカラーフォトグラムができる暗室に改装していて、「ここでやってみないか」と誘われて始めました。

始めてみると、今までやってきた写真がフォトグラムへ自然と置き換えられました。外で目に飛び込んできたものを写す代わりに、気になったものを持ち帰り暗室の中で写す。ある程度継続していくなかで、日常的に買っているお菓子のパッケージにも注目するようになり。今まで自分がやってきた写真の一連の流れが、暗室での一連の流れに自然に置き換わってしっくりきました。しかも暗室では一人なので、おじさんに怒られることもないですし。

小高: 

三保谷: 

自由ですからね(笑)。

 

ただその作業をするにあたり、ネガキャリアが汚れるので、ポテチの袋などを洗って干さなねばならず、洗濯物と一緒に沢山のお菓子の袋を干していたので、大家さんには怪しまれていたと思います(笑)。でもそれで済むんです。一番肝心な「写す」作業のとき、外での撮影時もきちんとフレーミングを決めて撮りたいのですが、「いつ怪しまれるか」と気になりその集中力がブレてしまうことがコンプレックスでした。暗室では集中してフレーミングを決められるので、それが楽しくて継続している面もあります。

小高: 

三保谷: 

外で撮っていたときも、すごく時間をかけてフレーミングを決めて撮っていたんですか?

ものすごく時間をかけていたわけではありませんが、いわゆるストリートスナップのようなものではなく、「ん?」と思ったら一旦止まって、「こうかな、こうかな?」とゆっくり考えながら撮影していました。

昆虫採集

 

暗室作業は、ネガやフィルムで撮ったものから焼くというのが一般的な流れだと思います。でもフィルムではなく外で手に入れたものを、1から暗室の中で収集していくという発想は三保谷さんらしいというか、面白いアプローチだと思いました。

 

ステートメントの中に、「昆虫採集とすごく似ている」と書いてありましたが、昆虫採集とこれらの写真はどういうところに共通点があるのでしょうか?

小高: 

小高: 

三保谷: 

三保谷: 

写真を撮っていると、「なぜこういうことをやっているのだろう」とふと考えることがあります。「なにが面白くて続けているのだろう」という一つの心当たりとして、子供の頃の虫取りにルーツがあると思いました。僕は子供のころ虫取りばかりしていたのですが、その時の感覚と、いま写真を撮っているときの感覚が近いなと感じるのです。

 

具体的には、虫を探して、見つけて、採って、見て、共有するという昆虫採集の一連が、カメラを持って日常の中で何かを写したものに対し、驚きなど何かしらの感情の起伏が生まれ、またそれを共有するという一連とすごく重なります。虫取りでは、同じ虫よりはやっぱり初めてみた虫を捕まえられた時が一番驚き、嬉しいです。写真においても同じ景色や物にハッとなることもあるけれど、「あれは前に写したから新しいものを探そう」と思う方です。

 

「撮って、見て、共有する」という一連があることで、自分の感覚が更新され、次は違うものに目が向いていく。反復ではなく「更新させながら違う方向に向かっていく」という感覚が同じだと思ってます。

作品に写るのは、元々はパッケージとして役割を持ったイメージ像です。これが全然違う未知の生物みたいなものにも見えるし、有機的なイメージにも見えてくる。その感覚が、虫を発見していく時の見たことのない生物を発見していく感じと近いんですか?

 

そうですね。自分が写真をする大きなモチベーションは、「意味のわからないもの」に出会えたときです。

小高: 

この「昆虫採集に近い」という点ですが、事前に作品を拝見したときには「昆虫からの視点」にも近いなと思いました。昆虫が見ている世界は、人間と全然違う見え方をしていて、例えばトンボだったら5万個くらい複眼*2がある中で見ていたり、色の認識も人間が3原色で見ているものを、昆虫はさらにそこに紫外線が含まれる4色になる。まあ、虫によっても全然違うと思うのですけどね。

 

それで気になって「昆虫が見る世界」を調べてみたのですが、本当に色が反転して見えていたんです。これはまさに三保谷さんの写真だと思いました。私たちが信じている色が、昆虫の視点からするとまた全然違う色になっている。そういう所も共通しているなと思って、先ほどトーク前に三保谷さんに「これって昆虫からの視点も入っているんですか?」と聞いたら「それはあんまり考えていない」とお答えいただきました(笑)。

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*1 敷衍(ふえん):おし広げる

*2 複眼:節足動物などの生物が持つ眼構造で、多数の小さな目が集まってできた目。斧足類などでも同様の構造が見られる。

 

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