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井村一登 個展『折衷案がもたらすNレンマ』

開催記念トークイベント
「鏡としてのアート

井村 一登(アーティスト) × 菅 実花(アーティスト)× 岩垂なつき(美術批評)

日 時: 2024年4月13日(土)17:00〜

会 場: KANA KAWANISHI GALLERY

登壇者: 井村 一登× 菅 実花× 岩垂なつき

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作品紹介:井村一登 編

〈作品紹介:井村一登 編〉

岩垂:    井村一登さんの個展「折衷案がもたらすNレンマ」のトークイベント「鏡としてのアート」を開催いたします。今回モデレーターを務めさせていただきます、トーキョーアーツアンドスペース・学芸員の岩垂なつきと申します。私は個人の活動として美術批評も行っておりまして、今回は美術史などの視点からも作品にアプローチしていければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
今日は井村一登さんに加えて、アーティストの菅実花さんともご一緒にお話をさせていただきます。まずは皆さんに井村さん・菅さんそれぞれの作品について知っていただければと思いますので、はじめに井村さんから自己紹介と作品の紹介をお願いできますでしょうか。


井村:    井村一登です。私は2017年に東京藝術大学大学院の先端芸術表現専攻(以下:先端)を修了した後、コロナ禍の2021年にMITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERYにて初個展「mirrorrim」を開催しました。それまでは鏡に限らず様々な素材や現象を扱いながら作品を作っていたのですが、この初個展に際してテーマを「鏡」に絞っていこうと決め、鏡の作品の制作を本格的にスタートしました。例えばこの〈wall-ordered〉という合わせ鏡を使ったシリーズは、初個展から継続して制作している作品です。

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《wall-ordered horizon》
2022 | photo by Kenryou Gu

最初は「鏡を使って作品を作る」というアプローチだったのですが、そこからだんだんと「鏡自体を作る」という方向性に変化していき、例えば魔鏡をモチーフにした〈invisible layer〉や、今回の個展でも発表している、ガラスの塊を用いていびつな鏡像をつくる〈mirror in the rough〉など、様々な鏡の作品を制作してきました。

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《invisible layer》
2022 | photo by Kenryou Gu

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《mirror in the rough 5611g》
2022 | photo by Kenryou Gu

今回の個展「折衷案がもたらすNレンマ」で発表している新作〈tele portrait〉は、私自身が〈mirror in the rough〉の前に立って写真を撮ることで、自分の姿が映っていないセルフポートレートを作るという作品です。セルフポートレートを用いた作品はこれまでにも発表してきたのですが、一番最初は写真を紙にプリントしたものを制作していました。その後アルミやガラスの鏡に印刷したり、モノクロ写真を用いてエンボス印刷できる透明なシートに出力して鏡に貼るなど色々な手法で試みていたのですが、そこから発展して、ガラスを加工してから鏡にし、セルフポートレートを作るという手法で生まれたのが今回の〈tele portrait〉です。このように、一貫して鏡にまつわる作品を制作してきました。

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平面作品:〈tele portrait〉シリーズ |立体作品:〈mirror in the rough〉シリーズ
個展「折衷案がもたらすNレンマ」展示風景

岩垂:    ありがとうございます。では、今回の個展のコンセプトについても詳しく教えていただけますでしょうか。

 

井村:    これまでの展覧会で発表してきた作品は鏡の歴史を参照しながら制作したものが多く、ステートメントは歴史的事実を羅列したような書き方のものがほとんどだったのですが、今回は初のコマーシャルギャラリーでの個展ということもあり、展示におけるコンセプトをより明確にしようと決めて、ステートメントには私が普段から考えていることを前面に押し出しています。

 

今回の展覧会タイトル「折衷案がもたらすNレンマ」がまさしくコンセプトを体現しているのですが、今の社会の中で満足した生活を送ろうと思うと、国の制度など社会的な状況にうまく向き合うことの難しさを感じることがあります。その中でどう折り合いをつけて「折衷案」を見出せるだろうかと考えたときに出てくる悩みは、2つの選択肢の中で決断しかねる「ジレンマ」よりも、より多くの選択肢の中で揺れる悩みであり、(不特定の自然数を意味するNを用いて)「Nレンマ」へと派生していくのではないだろうかと考え、展示タイトルを決めました。「色々な悩みを抱える中で何ができるだろうか」ということを作品のコンセプトに置きつつ、自分が普段取り組んでいる素材・手法の中で「鏡の写真」が一番向いているのではと考えて生まれたのが今回の作品群です。

 

岩垂:    コミュニケーションにおける複合的な葛藤が今回の作品に反映されているのですね。ありがとうございます。それでは次に菅さんから自己紹介とご自身の作品についての紹介をお願いします。

作品紹介:菅実花 編

〈作品紹介:菅実花 編〉

菅:    菅実花と申します。私は井村くんと同じく東京藝術大学大学院の先端を修了していて、学年としては井村くんより2年上にあたるのですが、在学中は特に接点はなく井村くんのことも知りませんでした。井村くんの作品のことはその後SNS上で知ったのですが、プロフィールに先端修了と書いてはあったものの、まったく見覚えがなかったので私よりもずっと年上の作家なのかなと勝手に思っていました。

 

私の作品についての紹介をすると、2022年10月にトーキョーアーツアンドスペース本郷(以下:TOKAS)で「鏡の国」*1 という個展を開催したのですが、そこで12枚の鏡を屏風のように並べた作品《非反転劇場鏡》を発表しました。この作品では鏡同士の角度が90°になっており、鏡像がさらに反転した姿が鑑賞者を囲うように浮かび上がる仕組みになっています。ちょうどこの個展の会期中に井村くんからTwitter経由で「自分も個展を開催中なので、よろしければ来ていただけませんか」と連絡が来たんです。

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《非反転劇場鏡》
菅実花個展「鏡の国」展示風景(2022年、トーキョーアーツアンドスペース本郷)

井村:    元々僕は菅さんのことは作品も含めて知っていたのですが、菅さんが鏡の作品を作り始めた時に「鏡の作品を作るべく人が作ったな」という印象がありました。TOKASでの菅さんの個展を見に行った時に、とても良い展示だったので本人に連絡してしまおうと思ったんです。

菅:    《非反転劇場鏡》では表面鏡を使うことにこだわりました。一般的な鏡は裏面鏡(りめんきょう)*2 といい、ガラス板の裏側に付着させた金属部分が反射して像が映るので、ガラスの厚み分だけ距離ができてしまいます。ですが、表面鏡であればその距離をなくすことができます。井村くんはそのこだわりの部分を見抜いてくれたんです。

井村:    この作品を観て、表面鏡で作っていることが分かったと同時に「菅さんは鏡の構造を理解しているんだな」と思いました。

岩垂:    裏面鏡で発生してしまうガラスの歪みや表面の傷といった物質的なノイズが表面鏡では避けられるということでしょうか?

菅:    そうです。裏面鏡の場合、ガラスの表面が傷ついていたらその傷が反射して二重に目立ってしまうので、それを避けたかったんです。

井村:    加えて、直角の合わせ鏡にしたときに裏面鏡では鏡同士の継ぎ目にガラスの厚み分の隙間ができてしまうのですが、表面鏡にすることでその隙間をなくしたんだろうな、というのを作品を見て気づきました。

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菅:    裏面鏡の場合、合わせ鏡の継ぎ目の真正面に鑑賞者が立った時に、顔の真ん中にガラスの厚みによって隙間ができてしまうんです。それを避けたかったので工夫をしながら制作したのですが、その工夫を見抜いてくれたのが井村くんが初めてだったんです。「この人は何者だ」と思いましたね(笑)。

 

井村:    この個展で同時に発表していた《インフィニティ・エレクトリック・ドローイング》も合わせ鏡になっている作品でしたよね。

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《インフィニティ・エレクトリック・ドローイング》
菅実花個展「鏡の国」展示風景(2022年、トーキョーアーツアンドスペース本郷)

井村:    この作品も他のアーティストたちが作ってきた合わせ鏡の作品とは少し異なり、光源であるLEDのワイヤーを合わせ鏡の外側に出していますよね。

 

菅:    このような形で作ったのは、合わせ鏡の「外側」と「内側」でそれぞれ光を映したかったからなんです。合わせ鏡の作品の内側だけに光源を仕込むのはよくある手法ですが、光が内外を飛び越えるようにしたかったので、あえてLEDが鏡を貫通するように作りました。これがけっこう難しかったですね。

 

井村:    LEDワイヤーで鏡を縫い合わせているような作りですよね。

 

岩垂:    なるほど。布を縫ったときの縫い目のようなものが、合わせ鏡の内側・外側に表れているということですね。

 

菅:    この作品のすごさは理解されず素通りされてしまうことが多かったのですが、井村くんが初めて気づいてくれたんですよね。

 

岩垂:    内側・外側の両方で縫い目のように見せるというのは、どのような意味があるのでしょうか?

 

菅:    既存の合わせ鏡の作品はすべて内側だけで完結してしまっている印象があり、あまり面白さを見出せずにいました。そこでもっと踏み込んだ表現ができるのではないかと思い、この作品ではあえて内外両方を見せるようにしました。

 

岩垂:    鏡の中に鑑賞者が入り込むだけではない表現ということですよね。

 

菅:    そうです。内側だけで完結していると、単純に鏡像を扱っているだけの作品になってしまうのですが、鏡の先の空間もあるんだということを伝えた方が、作品の構造がより複雑に、より面白くなるだろうと考えました。そうしてわざわざ難しい手法で作っていた部分を井村くんが見抜いてくれたんです。

 

井村:    いわゆる鏡を扱うアーティストは絵画や彫刻出身の人が多く、例えば彫刻家ならば普段制作している立体作品に銀の塗装をあわせて鏡面にしているとか、画家であれば鏡の上に絵を描くというのがよくある手法なのですが、菅さんの場合は、これまでの美術史の中で鏡を使った作品を研究した上で、それらと同じにならないように工夫をしている姿勢が作品に見えて、分かりやすく言うならばその点にシンパシーを感じましたね。

 

菅さんと僕では良い意味でも「鏡」ということしか共通項がないんです。例えば、菅さんがLEDを使って鏡に変化を加えているのに対して、僕は鏡自体に凸面を与えるなどして鏡像に変化をつけていて、アプローチがまったく異なるんですよね。

 

実をいうとそれまでは有名な先輩アーティストが鏡の作品を作り始めることに対して「自分の居場所がなくなってしまうのでは」という不安を抱いていたのですが、菅さんの場合は僕のやっていることと何もかぶることはないんだろうなと思うんですよね。

 

岩垂:    菅さんは井村さんとはまったく異なる領域にアプローチしているということですよね。

 

菅:    井村くんも言っていたように、私の作品では鏡そのものではなく光源に手を加えています。鏡はそのまま使い、その周りにある光源や鏡の角度を変えることで現象を作っていくというアプローチです。それに対して井村くんは「鏡自体を作る」というまったく異なる手法をとっていて、私が手を出せる領域ではないなと思っています。鏡そのものを作る人は工芸系の出身であったり、わりと素材の側面にアプローチする人が多い印象ですが、井村くんが工芸出身ではないということにかなり驚きました。井村くんは写真や鏡の歴史をよく知っているし、「なぜその素材を使い、なぜその作品を作るのか」がすべて歴史に紐づいているところが良いなと思っています。

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井村一登個展「Æ/æ」展示風景(2022年、MA5 GALLERY)
photo by Kenryou Gu

初めて井村くんの個展(上記画像)に行った時、その場では本人には会えなかったのですが「個展に行きましたよ」と連絡したらわざわざ会場に戻ってきてくれて、そこでめちゃくちゃ喋りましたね。

 

岩垂:    その前から井村さんの作品はご存じだったんですよね?

 

菅:    Instagram上で作品画像は見ていましたが実物を見たことがなく、作品の大きさや展示でのインスタレーションの様子、そしてどんな鑑賞体験なのかは画像だけでは分からなかったので、「実際どんな作品なんだろう」という疑問はありました。作品のビジュアルがとてもきれいなので、工芸的なアプローチで作っていて、仕上げをすごくきっちりとするというスタンスの人なのかなと想像していました。ただ、実際の井村くんは仕上げをきっちりしているだけではなくて、「なぜこれを作るのか」を徹底して考える人なのだと分かって、良い意味でかなりびっくりしました。作品がきれいすぎて逆に損しているんだなと思いましたね。

一同:    (笑)

 

井村:    それはありますね(笑)。

 

岩垂:    井村さんはかなり多岐にわたる文脈から鏡にアプローチして作品を制作されていますよね。例えば歴史を遡ってのアプローチであったり、〈wall-ordered〉のように数列の可視化に取り組んだ作品、そして銅鏡を再現した作品などもありますよね。そうした作品を一通り制作されてきた上で今回の個展があるというのが興味深いポイントなのかなと思います。

 

井村:    「鏡の国」の作品紹介で盛り上がってしまいましたが、菅さんの他の作品の話もしていきましょうか(笑)。

   

脚注

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*1   トーキョーアーツアンドスペースによる公募プログラム「OPEN SITE 7」展示部門で採択、実施。
*2   表面鏡・裏面鏡の解説:AGC株式会社ウェブサイト

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