小松敏宏個展『トポフィリア(場所愛)—ジャパニーズ・ハウス』

開催記念トークイベント

中村浩美(東京都写真美術館)× 小松敏宏

 

建築とタイポロジーフォトグラフィ

 

今思い出したのですが、ジェレミ・ステラというフランスの写真家がいて、彼が日本の家を撮った写真集『東京の家』を出版しました。私はパナソニック汐留美術館での展示*9で彼の作品を拝見しましたが(2015年、KANA KAWANISHI GALLERYでのグループ展『都市—Cityscapes/Residences』でも発表)、外国人の目からはとても家が建つとは思えない場所に建てられた狭小住宅や、周囲の風景とはまったく趣の異なる家が建つ風景をタイポロジーとして撮っています。

ところが、彼の写真には近所を行き交う人々は写っていても、肝心なその家の住民は一人も写っていないのです。撮影の際は必ず許可を取ってから撮影するのでトラブルはまったく無いそうですが、「自分の写真に住民は必要ない」と彼は言っていました。「家を見ればどんな人が住んでいるのか想像できるから」という理由でしたが、住民が写っていないことで、私には被写体の家がミニチュアのおもちゃのように見えました。ただ、小松さんの作品ではやはり「顔がなくとも生の人間が必要」という点が大きな違いとしてあり、私はその点を紐解くヒントがやはりザンダーの作品にある気がするのです。

中村: 

On the Cherry Blossom by A.L.X.
f​rom the series tokyo no ie | 2​010 | archival pigment print | © Jérémie Souteyrat

小松: 

ここでお手元の資料を見ながら少しお話しさせていただきます。最初のページに載っているのはドイツのベッヒャー夫妻の作品ですが、珍しく家を被写体にしたタイポロジーのシリーズです。

次のページは、煉瓦職人を写したザンダーによる作品《下働きの人夫》です。

なぜこれを資料として選んだかというと、担がれた煉瓦が家に見えるからです。ドイツの家は煉瓦でできているので、これで顔がなかったらほとんど私の作品と同じですよね(笑)。この写真からインスピレーションが湧いたわけではありませんが、この写真が私の頭の中に焼き付いていて、自分の中に刷り込まれていました。被写体が家族ではありませんが、どうしてもこの対談の資料に加えたくてこれを選びました。

次のページにあるのは、典型的なザンダーの家族写真です。大体が正面から一定の距離をとって撮られていて、構図もどれも似ています。そして家族だけではなく、職業などを示すようなポートレートも多く、先ほどの煉瓦職人や、鉄工所で働いている人や、様々な職業や階層の人が出てくることが特徴です。

私も1997年の白黒作品はたくさんある中から、今回はお茶屋さんと大工さんの作品を展示しています。私の親が実家のお店(家具屋)で出すために昔からお茶を買っているのですが、左はそのお茶屋さんを営んでいる家族の作品。右の作品に写るのは大工さん夫妻で、実家を建ててくださった方です。大工さんは地下足袋を履いていますが、はっきりと職業が分かる作品を選んでいます。

Utsuyama House, Hamamatsu City
1997 | gelatin silver print, photo collage | 710 × 575 mm
©︎ Toshihiro Komatsu, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

Suyama House, Hamamatsu City

1997 | gelatin silver print, photo collage | 710 × 575 mm
©︎ Toshihiro Komatsu, courtesy KANA KAWANISHI GALLERY

私の作品の特徴は、中村さんが先程おっしゃっていたように、家だけではなく人にも興味を持っているということです。浜松で白黒の写真を撮影していた時は、両親の伝を頼って撮影対象を探しました。店のお客さんが沢山いますので、撮影の協力者を探しやすかったのです。それでも地方なので首がないと呪われるなどと思われる方もいて、それで断られるケースもあり、撮影は簡単ではありませんでした。

 

親の伝とは別に、歩いていて「この家面白い」と思って、そのまま突撃して撮影させて欲しいとお願いする事もありました。その時に「こういう仕事をしています」と説明する為に作った資料がこの二枚です。ザンダーとベッヒャーの写真を流用して作っています。この習作は世に出したことはありません。

〈Houses and Citizens of the 20th Century〉

©︎ Toshihiro Komatsu

中村: 

これは著作権に問われると思います(笑)。

 

著作権に問われるという点も理由のひとつではありますが(笑)、私はシミュレーショニズム*10の作家ではありませんので、世には出しませんでした。最初にこういった一種のテストを試みており、ザンダーとベッヒャーをかなり意識して作り初めた作品です。

私はMITの建築学部の中にある視覚芸術プログラムで学んでいましたが、建築の学生と一緒に美術を学ぶというユニークなプログラムで、建築について考えさせられる機会も非常に多かったです。私の先生にバス停を作品化したデニス・アダムスというアメリカ人作家がいますが、彼の「Public Art Project」という授業の中で私が提案したプロジェクトが、資料にある習作でした。このプロジェクトを実現する為に、出生地の浜松で作品を制作したのが〈Japanese Houses〉でした。

ザンダーについて書かれている本を読んで知りましたが、ザンダーも出生地のケルンで撮影をしていたそうで、その点も私と共通しています。当時は別の場所に移り住むという事が今ほど簡単ではなかったはずなので、「自分の生まれた場所」というのはザンダーにとってはより重要だったかも知れません。

小松:

 

アウグスト・ザンダーの写真から見えてくること

 

アウグスト・ザンダーは日本でも大変人気が高いドイツの写真家ですね。日本では、ワタリウム美術館で大きな展覧会『アウグスト・ザンダー写真展:肖像の彼方』(1994年)が開催されました。〈20世紀の人間たち〉というタイトルのもと、写真で人間の図鑑を作ることに本気で一生をかけた人です。

しかし彼の大仕事は生前はまったく評価されず、非常に不幸な写真家でした。二回制作を中断していますが、一回目は第一次世界大戦で出征した時。その後、戦争から生還しますが、当時台頭していたナチスの弾圧により、二度目の中断を強いられました。写真史の教科書などを読むと、そこしか書かれていないので、多くの人は「ザンダーはユダヤ人?」と思ったりもしますが、でも彼はユダヤ人ではなく、ナチスが気にいるような親衛隊のプロフィール写真もきっちりと撮っていた。

では、そんな環境の中でなぜ弾圧されたのかということが非常に重要なところで、その理由はまさに彼の作品《下働きの人夫》にありました。

中村:

ヒトラーの頭の中では、「こんな人間はドイツにはいない」という認識だったのです。「自分たちは選ばれた選民であり、すべての誇りある仕事を誇りある服を着て行い、それを図鑑化することでドイツ民族を讃える」という意図でヒトラーはザンダーの写真制作を認めていましたが、ザンダーは写真家ですから、そんな綺麗事ばかりの写真を撮っても仕方がなく、ワーキングクラスの人たちを数多く撮影していきます。それがある時ヒトラーの目に触れて「我がドイツ帝国には相応しくない」と判断され、ネガはすべて没収され、ケルンにも住めなくなり、息子は獄中死。追いやられたザンダーは名も無い田舎町でひっそりと亡くなるという人生を送りました。彼が再評価を受けて、こんなに日本でも人気が出たのは、本当にここ最近になってからのことです。

 

その事と少しリンクするかと思いますが、ドイツのヴィム・ヴェンダースという映画監督が、フランスのポンピドゥー・センターの依頼を受けて山本耀司のドキュメンタリーフィルム「都市とモードのビデオノート*11」を撮ったのですが、その中で山本耀司がアトリエの傍にザンダーの〈20世紀の人間たち〉を置いていました。小松さんもそれはすごく気になったと言っていましたね。この話で思い出すのは、山本耀司が原美術館で行った展覧会(2003年『May I help you?』)でのこと。その展示は、山本耀司さんのこれまでのファションをすべて見せるという華やかな内容の回顧展でしたが、その時山本さんに「やりたいことはすべてファッションの世界でできてしまっていると思いますが、『この人には勝てないな』と思う人はいますか」と聞いた事があります。即答で「ザンダーの写真集にあるようなユニフォームだ」と言っていました。

 

彼は「ユニフォーム」という単語を使い、それも「古ければ古いほど良く、私の服は古着のユニフォームには絶対に勝てない」と言っていました。やはりザンダーの写真が物語るように、下働きの人夫は別にファッションを考えてこの格好をしているのではなく、この服が彼にとって本当に必要なものであり、いわば自分自身の人生を着ているわけです。

資料にあるザンダーの家族写真には《農民の家族》というタイトルがついていますが、明らかに普段の服装とは違う一張羅を着ています。このタイトルを見なかったとしても、非常に緊張してこの服を着ているのは見れば分かりますよね。つまり、この服を着慣れた階層の人ではないという事がこの写真からは分かる。山本耀司が言っていたのは「自分の作りたい服はこの農民の家族が着るようなお洒落な服ではなくて、下働きの人夫の服。だけれど、自分にそんな服は作れない」ということ。やはり実際に生活をし、働いてその人にしかでない味のものだから、ファションデザイナーが作るものではないという意味で、「古いユニフォームには敵わない」と言っていたのだと思います。

まさに小松さんの作品を見ていると、家というのはこの人たちが「住んでいる」「住んでいた」ということも含めての家という存在なんだなと思います。他の人では住み得ない場所。もしかすると最初に問いかけた「なぜ日本人はそんなに持ち家信仰が高いのか」という話にも繋がると思いますが、家というのは人を構成する一部分であり、やはり自己主張の場であるという側面がすごく強いのかなと思います。

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*9  『日本、家の列島 ―フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン―』(2017年、パナソニック汐留美術館)  https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/17/170408/

*10   シミュレーショニズム: 広告やメディアをとおして周知されたヴィジュアルや、誰もが知っている名画など既存のイメージを、自覚的に作品に取り入れ大胆に変換させる、ポスト・モダニズムを代表する美術動向。1980年代、ニューヨークを中心に流行した。 シミュレーショニズム | 現代美術用語辞典ver.2.0

*11  「都市とモードのビデオノート」:ヴィム・ヴェンダース監督と世界的ファッションデザイナー・山本耀司の出会いによって生まれたドキュメンタリー。8ミリビデオによる映像を交え、パリと東京の街の景色、そして現在進行形のファッションスタイルを綴る。https://www.amazon.co.jp/

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